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東京地方裁判所 昭和40年(刑わ)4191号 判決 1967年1月21日

被告人 津山吉之助

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

訴訟費用中、その二分の一を被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、川口俊一郎と共謀のうえ

第一、昭和四〇年四月中旬頃、東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目二〇番地松陰荘内の右川口の居室において、行使の目的をもつて

(一)  かねて振出人欄に斉藤一澄の印章を冒なつしていた約束手形用紙一枚の金額欄に「壱萬五千円也」、支払期日欄に「昭和40・5・18」、受取人欄に「渋谷区民新聞社」などと記載し、振出人欄に斉藤一澄の住所氏名を冒書し、もつて約束手形一通(昭和四〇年押第一五八七号の五)を偽造し

(二)  前同様振出人欄に斉藤一澄の印章を冒なつしていた約束手形用紙一枚の金額欄に「壱万五千円也」、支払期日欄に「昭和40・5・18」、受取人欄に「渋谷区民新聞社川口俊一郎」などと記載し、振出人欄には斉藤一澄の住所氏名を冒書し、もつて約束手形一通(前同押号の八)を偽造し

第二、(一)(1)  同月末頃、前記川口の居室において、行使の目的をもつて、前同様振出人欄に斉藤一澄の印章および記名印を冒なつしていた約束手形用紙一枚の金額欄に「壱万五千円也」、支払期日欄に「昭和40・5・14」、受取人欄に「渋谷区民新聞川口俊一郎」などと記載し、もつて約束手形一通(前同押号の九)を偽造し

(2)  同日頃、同所において、高橋薫に対し、右偽造手形を真正に成立したもののように装つて提出行使し

(二)(1)  同年五月五日頃、同所において、行使の目的をもつて、前同様振出人欄に斉藤一澄の印章を冒なつしていた約束手形用紙一枚の金額欄に「参萬五千円也」、支払期日欄に「昭和40・5・10」などと記載し、振出人欄に斉藤一澄の住所、氏名を冒書し、もつて約束手形一通(前同押号の三、ただし支払期日欄は後にさらに書き換えられている)を偽造し

(2)  同月七日頃、同所において、株式会社丸井百貨店々員勝長征一に対し、右偽造手形を真正に成立したもののように装つて提出行使し、「これで月賦代金一万四千円を支払うから釣銭をくれ」と申し向け、同人をして同手形は真正に成立したものと誤信させ、よつてその場で右百貨店に対する月賦代金一万四千円の支払いの猶予を得て財産上不法の利益を得るとともに同人から釣銭名下に現金二万一千円の交付を受けてこれを騙取し

第三、(一) 同月初旬頃、同所において、行使の目的をもつて、前同様かねて振出人欄に斉藤一澄の印章を冒なつしていた約束手形用紙一枚の金額欄に「参万五千円也」、支払期日欄に「昭和40・5・18」などと記載し、振出人欄に斉藤一澄と冒書し、もつて約束手形一通(前同押号の二)を偽造し

(二) その頃、同都千代田区三年町一番地毎夕新聞印刷株式会社事務所において、同会社営業部員川島隆に対し、右偽造手形一通および前記第二、(二)の(1) および(2) 記載のとおり偽造、行使した後これを回収したうえ、さらに行使の目的をもつてその頃前記川口の居室において、その支払期日欄の「10」を「20」と書き改めた約束手形(前同押号の三)一通を真正に成立したもののように装つて一括して提出行使し

第四、(一) 同月七日頃、前記川口の居室において、行使の目的をもつて、前同様かねて振出人欄に右斉藤の印章を冒なつしていた約束手形用紙一枚の金額欄に「弐萬円也」、支払期日欄に「昭和40・5・16」などと記載し、振出人欄に斉藤一澄の住所、氏名を冒書し、もつて約束手形一通(前同押号の一)を偽造し

(二) 同日頃、同都台東区秋葉原五番二号松本徳蔵方において同人に対し、右偽造手形を真正に成立したもののように装つて提出行使し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(累犯加重の原因となる前科)

被告人は、昭和三六年五月二日東京地方裁判所において詐欺罪により懲役一年に処せられ、昭和三七年八月二四日右裁判の執行を受け終つたものであり、このことは、同人に対する前科調書および検察事務官作成の昭和四〇年一一月二日付電話聴取書の各記載によつて明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一、(一)および(二)、第二、(一)の(1) および(二)の(1) 、第三、(一)、第四、(一)の各有価証券偽造の点はいずれも刑法一六二条一項、六〇条に、第二、(一)の(2) および(二)の(2) 、第三、(二)、第四、(二)の各偽造有価証券行使の点はいずれも同法一六三条一項、六〇条に、第二、(二)の(2) の詐欺の点は同法二四六条、六〇条に該当するが、第二、(一)の(1) と同(2) 、第四、(一)と同(二)の各有価証券偽造と同行使との間には手段、結果の関係があるので、いずれも同法五四条一項後段、一〇条により犯情の重いと認められる各行使罪の刑をもつて処断することとし、第二、(二)の(1) と同(2) の有価証券偽造、同行使、詐欺の間および第三、(一)と同(二)の有価証券偽造と同行使との間には、それぞれ手段、結果の関係があるが、後記のとおり右第二、(二)の(1) の有価証券偽造と第三、(二)の同行使との間にも手段、結果の関係があり、かつ第三、(二)の偽造有価証券の一括行使は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるので、同法五四条一項後段、前段、一〇条により、結局その全部を科刑上一罪として、そのうち犯情の最も重いと認められる第三、(二)の支払期日を昭和四〇年五月二〇日とする約束手形(昭和四〇年押第一五八七号の三)の行使罪の刑をもつて処断することとし、被告人には、前示前科があるので、同法五六条一項、五七条を適用してそれぞれ累犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪の関係にあるので、同法四七条本文、一〇条により、そのうち犯情の最も重いと認められる同約束手形の行使罪の刑に同法一四条の制限に従つて法定の加重をし、その刑期範囲内において被告人を懲役一〇月に処し、同法二一条により未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、その二分の一を被告人に負担させることとする。

なお、判示第三の各事実についての証拠の標目としてさきに列挙した各証拠を綜合すると、被告人等は、判示第二、(二)の(1) 記載の偽造手形(前同押号の三)を第二、(二)の(2) 記載のとおり勝長征一に対して行使したが、支払期日が迫つたので、犯行の発覚をおそれ他の手形と差し換えてこれを回収したうえ、さらに判示第三、(二)記載のとおり右偽造手形の支払期日欄のみを書き改め、川島隆に対してこれを行使したものである。そして本件では、右支払期日を書き改めた行為が追起訴の形をとつて訴追されており、かかる公訴提起の態様や起訴状の記載内容から推すと、検察官は判示第二、(二)の(1) の当初の偽造行為と後の支払期日を書き改めた行為とを併合罪関係に立つ別個の偽造罪に該当する行為として公訴を提起したものと認められる。

ところで、かりに真正に成立した手形の支払期日欄のみを改ざんした場合を考えると、同欄の改ざんは振出人名を変更したような場合とは異なり、手形の本質的部分の変更とはいえないから、偽造罪ではなく変造罪をもつて論ずべきものであり、このことと対比して考え、かつまた本件のような偽造手形の支払期日欄のみを書き改めた行為を目して廃紙に帰した手形を利用し、全く新たな偽造手形を作出したものとみることも妥当でないことを考えると本件における書換え行為を別個独立の偽造罪をもつて論ずることは相当でなく、このような場合は前後の偽造行為を包括して一個の偽造罪が成立するものと解すべきである。

もつとも、本件の場合は、一たん偽造行為を了したが、これを行使しない(流通におかない)うちにさらにその本質的でない部分に変更を加えた場合(この場合一個の偽造罪をもつて問うべきことは異論をみないであろう)とはやや異なり、一たん偽造を終えて行使した後に、新たな必要から再び他に行使する目的をもつてこれに手を加えており、一見、行為や犯意ないし行使の目的が中間で一時しや断されているかのごとくみられるのであるが、有価証券偽造罪処罰の主たる目的が有価証券の成立の真正を維持し、これに対する公の信頼を保護しようとするにあつて、いわゆる個人法益の保護は第二義的ないし間接的なことがらであることや、それゆえにまた右偽造罪の成立には一般人をして真正に成立した証券であると信ぜしめるに足る程度の外観を作出し、公の信用を害すべき危険を生ぜしめれば足ることを考えると、この場合にも行使の点は別とし、偽造の点については、前後の行為を包括して客観的に一個の犯罪行為が成立するものとみるのがむしろ相当であり、また犯意や行使の目的も前後全く異質なものとみるべきではなく、全体的に一つの犯意ないし行使の目的を認めて何等差支えないものというべきである。

以上によつて明らかなとおり、前記追起訴分すなわち判示第三(二)記載の偽造手形の書換え行為は、第二、(二)の(1) の偽造行為と包括して一罪として処断すべく、したがつてこれらの偽造行為と第三、(二)の行使罪とはいわゆる牽連犯の関係に立つものというべきであり、また右書換え行為は一罪中の一部をなすものであるからもとより主文で無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 永井登志彦)

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